『外堀を埋める』は大阪の陣を由来にした言葉! 意味や使い方は?

 
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『外堀を埋める』という言葉は今でも日常的に使われますね。
なので意味自体を知っている人は多いのではないかと思います。

では、由来は?
大阪の陣に由来するということは知っていたでしょうか。

受験科目に日本史を選んだ人なら先生の鉄板ネタとして聞いているかもしれませんが笑

さて、まずは意味から確認していきましょう。

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『外堀を埋める』 の意味

城を攻めるのに、戦術的にまず外堀を埋める意から、ある目的を達成するために遠まわしの作戦をとること。

知っての通りの意味ですね!

今だと学校とか会社とか組織の中で根回ししていくことに対して「外堀を埋める」と使われる場面が多いのでしょうか。

あとは恋愛とか?
友だちにお膳立てを頼んでくっつこうとしている女子とか意外といたような記憶があるので…ああ、あれは城を落とそうとしていたのか…(違う)

意味や由来はこちらの本を参考にしています。

『外堀を埋める』 の由来

城攻めに際し、それが難攻不落の名城であればあるほど、まず外堀を埋めてから攻めるということは戦の常套手段である。
(中略)
慶長十九年(1614)十一月のいわゆる大坂冬の陣である。さすがに難攻不落の大阪城は、落城することはなかったが、なにせ二十万大軍に包囲されてはどうしようもなかった。
豊臣家からの講話を家康は条件つきで認めた。その条件の一つが外堀を埋め立てるということであったのである。
それはただちに着手され、翌元和元年一月中旬にはその工事は終わり、秀吉苦心の名城はその価値を失った。
同年五月戦端は再び開かれ(大阪夏の陣)、豊臣家は滅亡した。
「外堀を埋める」という語が一般に広まったのも、この大阪の陣に由来する。

外堀が城においていかに重要な役割を持っていたのかが分かりますね。
難攻不落の名城も外堀を埋められてしまえば、あっさりと城への侵攻を許してしまうことになるのです。

外堀を埋めよと条件を出した家康はさすがでした。

『外堀を埋める』 について

使い方については把握している人も多いでしょう。
中国からの故事成語も多いですが、『外堀を埋める』は日本の歴史から生まれた言葉です。

その言葉が一般に広まり、定着し、今にまで使われるようになったのは、やはりそれだけ豊臣家滅亡のきっかけになった大阪の陣が衝撃的だったのでしょう。

ぜひ『外堀を埋める』という言葉は、この歴史のお話と共に覚えておいてください。

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