『忖度』という流行語大賞候補の故事成語!意味と由来を紹介します

最近M学園なんていう北から南まで日本国民全員が「そんなことどうでもいいから政治進めてくれ」と思っている問題の中で、『忖度』という言葉が頻繁に使われていますね。

恐らく読み方の方が有名になっていることでしょう。
そんたく」は漢字で書くと『忖度』になります。

そしてこの言葉は、夏目漱石や森鷗外といった偉大なる文豪も使用していた有名な故事成語です。

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故事成語『忖度』の意味とは?

人の心を推し量ること。

本来はこのような意味になっています。
今回の問題が話題になって衝撃だったのは、なぜかテレビのコメンテーターがこの「忖度」をマイナスイメージのある言葉として扱っていたことですね。

後述する由来を読んでいただければ分かりますが、「忖度」という言葉自体にそこまで強いマイナスイメージはありません。

ただ、「忖度政治」という熟語になると、「圧力」を思わせるようなマイナスイメージになることは避けられないです。
結局、「忖度する内容」次第ということになりますね。

このあたりは、今回の森友学園問題の一つのテーマでした。
本当にくだらないことですが。

意味や由来はこちらの本を参考にしています。

故事成語『忖度』の由来とは?

実は『忖度』という言葉は故事成語だったのですが、知っていました?

出典は中国最古の詩集である『詩経』からです。
世界史を勉強したことがある方には、文化史でお馴染みですね。

奕奕寢廟 君子作之
秩秩大猷 聖人莫之
他人有心 予忖度之
躍躍毚兔 遇犬獲之

奕奕(えきえき)たる寝廟(しんびょう)、君子之を作る。
秩秩(ちつちつ)たる大猷(たいゆう)、聖人之を莫(はか)る。
他人心有り、予(われ)之を忖度す。
躍躍(てきてき)たる毚兔(ざんと)、犬に遇(あ)いて之を獲えらる。

偉大なる寝殿は、君子が作った。
秩序ある大道は、聖人が定めた。
他人に(邪悪な)心が有れば、私はこれを推し量る。
行動的でずるくすばしっこい兎は、犬に遭って捕らえられてしまう。

ちなみにこの『詩経』の句は、『孟子』の中でも引用されています。
エピソードを引用してみましょう。

有名な牽牛(けんぎゅう)の話に、『詩経』の句を引いていう。
すなわち、孟子が斉の宣王にまみえて、仁術(仁を行う方法)を説いた。
宣王が、御殿にいて、牛を牽いて通り過ぎる者に、どこに行くのかと問うた。
すると鐘に釁(きん/いけにえの牛の血を塗り神聖なものとする儀式)するためだと答えたので、宣王はあわれがって羊に取りかえろと命じた。
人民は、王は物惜しみをしたと言った。それを孟子は、王があわれだと思う心から変更を命じたのだと「忖度」し、王もそうだと喜ぶ。
そこで孟子は、すかさずそのあわれむ心こそ仁術で、それを拡充して真の王道に進むべきを説いた。
(中略)
宣王は孟子に、『詩経』のこの句は、あなたのことをいったようなものだ、と感嘆した。

(中略)の部分は主に詩経の句の引用です。
こうして見てみると、仁術が分からない人民は宣王の「あわれむ心」を推し量れなかったのに対して、孟子は仁術を身につけていたため、王の意図を忖度できたというエピソードとも読めます。

これ、一見良さそうなエピソードですが…どこかで見たような話ではありませんか?笑

上のやろうとしていることなんて、結局下にはうまく伝わらないものなんでしょうね。
多くは邪推だったり、野党の与党を引きずり下ろしてやろうという意志があるからこそ、問題が起きるのでしょうね。これも一種の忖度です。
(野党がヒールに徹するのはとても重要な役割ではありますが)

夏目漱石文学に登場する「忖度」

夏目漱石文学は『こゝろ』に始まり、腐った女子たちにとって格好の餌となるという話をよく聞きます…(僕は女性の著名な教授から散々聞かされました)。

そんな漱石文学ですが、今回は『明暗』という漱石最後の作品(未完)から引用してみたいと思います。
知っている方は、なぜ僕が前置きにこんな話をしたのか、もうお分かりですね?笑

「奥さんが来たろう」
小林はまたこう訊きいた。
「来たさ。来るのは当り前じゃないか」
「何か云ってたろう」
津田は「うん」と答えようか、「いいや」と答えようかと思って、少し躊躇した。彼は小林がどんな事をお延に話したか、それを知りたかった。それを彼の口からここで繰り返させさえすれば、自分の答は「うん」だろうが、「いいえ」だろうが、同じ事であった。しかしどっちが成功するかそこはとっさの際にきめる訳に行かなかった。ところがその態度が意外な意味になって小林に反響した。
「奥さんが怒って来たな。きっとそんな事だろうと、僕も思ってたよ」
容易に手がかりを得た津田は、すぐそれに縋りついた。
「君があんまり苛いじめるからさ」
「いや苛めやしないよ。ただ少し調戯(からか)い過ぎたんだ、可哀想かわいそうに。泣きゃしなかったかね」
津田は少し驚ろいた。
「泣かせるような事でも云ったのかい」
「なにどうせ僕の云う事だから出鱈目(でたらめ)さ。つまり奥さんは、岡本さん見たいな上流の家庭で育ったので、天下に僕のような愚劣な人間が存在している事をまだ知らないんだ。それでちょっとした事まで苦にするんだろうよ。あんな馬鹿に取り合うなと君が平生から教えておきさえすればそれでいいんだ」
「そう教えている事はいるよ」と津田も負けずにやり返した。小林はハハと笑った。
「まだ少し訓練が足りないんじゃないか」
津田は言葉を改めた。
「しかし君はいったいどんな事を云って、彼奴(あいつ)に調戯(からか)ったのかい」
「そりゃもうお延さんから聴いたろう」
「いいや聴かない」
二人は顔を見合せた。互いの胸を忖度しようとする試みが、同時にそこに現われた。

ちょっと長いですが、いい空気感でしょう?笑
「いい空気感」がどういう意味なのかは…実際に読んでみて下さい。

レビューも参考になります。

というわけで、今回は『忖度』でした。
漱石先生の小説を例文にすると覚えられると思いますよ…なんて言わずとも、散々問題になっているので覚えている人の方が多そうですね!