【感想・考察】宮内悠介『カブールの園』

第156回芥川賞受賞作には山下澄人『しんせかい』が決まりましたが、
その他の候補作も忘れてはいけません。

加藤秀行『キャピタル』
岸政彦『ビニール傘』
古川真人『縫わんばならん』
宮内悠介『カブールの園』
山下澄人『しんせかい』

宮内悠介『カブールの園』は、惜しくも受賞を逃してしまった芥川賞候補作でした。

『しんせかい』読めやって話なんですが、図書館の予約が全然回ってこないんです…。
『カブールの園』もようやく読めた一冊です。

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著者の宮内悠介とは?

1979年生まれの38歳です。

生まれは東京ですが、13歳まではニューヨークに住んでいたのだとか。
その経験からなのか、『カブールの園』の舞台はアメリカでした。

早稲田大学第一文学部英文科。
在学中にはワセダミステリクラブに所属しているなど、作家の経歴としてはエリート中のエリート。

卒業後にはインド・アフガニスタンを放浪するなど、すごい経歴の持ち主。
その後はプログラマーになり、仕事の傍らで作家デビューを果たします。

デビュー作の『盤上の夜』で日本SF大賞を受賞する圧倒的な才能で、その後の作品も直木賞や山本周五郎賞の候補に。

新作『彼女がエスパーだったころ』は、吉川英治文学新人賞を受賞しました。

『カブールの園』の感想・考察

芥川賞候補になった『カブールの園』ですが、本書に収録されているのは二作です。

表題作の『カブールの園』が前半部。
後半部は『半地下』という作品になります。

個人的には『半地下』の方が好きだったりしますが、『カブールの園』を紹介・考察することにしましょう。

あらすじ

プログラマーとして働く主人公のレイは、アメリカ在住の日系三世だった。
子どもの頃に受けた心の傷や、母に対する後ろめたい気持から精神を病んでしまった彼女は、
「VRエレメンタリー」という幼少期のトラウマを治療する実験的なシステムを利用するのだが、
その効果は薄く、恋人にも「やめた方がいい」と言われていた。
ある日、同僚から無理やり仕事の休みを取らされたレイは、
幼少期のトラウマと向き合うため、過去に縁のあった日系人の下を訪れるのだった。

主人公がアイデンティティの所在を求めて葛藤する結構重い内容の話です。

人種差別というテーマ

人種差別という重々しいテーマは、
日本に住む日本人では絶対的に共感することのできないテーマ。

その点では、作品自体は共感されることを拒絶していると言ってもいいくらい、淡々と心情が描写されています。

そして最初から普通に読んでいるだけでは、
8歳の頃のレイの身に起こっている出来事が「人種差別」なのだとは認識できない構成になっています。

「いじめを受けて」
「母親にそのことを隠して」
「大人になった今もトラウマを抱えている」

そのトラウマを乗り越える物語なのだな、と認識するのが恐らく普通。

ところが著者の宮内悠介は、ミステリのような手法で巧妙に本当の意味を隠し、
読者が物語に対してどう感じているかも操っていました。

物語の途中で唐突に現れる「人種差別」というワード。

その瞬間、レイに感情移入してきた読者は、
「ああ、これが人種差別なのだ」と擬似的に理解することができるのです。

作中でも引用されていましたが、レーガン大統領の演説はとても大きな意味を持っていました。

「背後に多言語社会を持つ」アメリカ。

その「多言語社会」があるからこそ生じてしまった「人種差別」という概念は、
日本語しか喋れない日本人が集まる日本では決して理解できないものです。

だからこそ、この『カブールの園』という作品で試みられた「『人種差別』という概念の疑似体験」は凄まじい意味を持ちます。
VRという疑似体験装置がギミックとして登場しているのも、テーマを裏打ちする上では気の利いたアイテムでした。

間違いなくこの作品は、人種差別という概念を持たない日本人のための作品でしょう。
そういう意味では、この作品が芥川賞を逃してしまったのを残念に思います。

「カブールの園」の意味

カブールとは、アフガニスタンの首都のこと。

イスラム教の国であるアフガニスタンでは、宗教上の理由で豚を食べない。
だから動物園には豚もいるのだとか。

「カブールの園」とは、恋人のジョンが「VR治療」を呼ぶときの皮肉を込めた言い方です。

「カブールの園を出てみてもいいんじゃないか?」

とジョンは促します。

上記の「人種差別」というテーマに対して、
レイが答えを出して心情の変化を得るきっかけとなったのが、この「カブールの園」です。

過去と向き合うことによって、どうなったのか。
何かが大きく変わったわけではありません。

VRという疑似体験を終えたとき、
レイは「カブールの園」の本当の在処を知ることになるのです。

『カブールの園』はこんな人におすすめ

・考えさせられる作品を読みたい
・「『人種差別』という概念の疑似体験」を読んでみたい
・芥川賞候補作が気になる

これで「候補作」なんですよねぇ。
受賞した『しんせかい』を早く読んでみたいものですが、予約の順番はまだまだ先…。

一冊約2000円はニートにゃきついっす。