「朋有り遠方より来る」を考える

「朋有り遠方より来る」という故事成語ですが、どうやら専門家の間でも訳し方が違うようです。

僕自身も国文学を専門にやっていた大学生で、在学中は成績優秀者として給付の奨学金を戴き、卒業試験5番以内で卒業しながらも経済的事情で大学院に進めないことを大変惜しまれた学生だったわけですが!
万葉集の和歌だって、平気で全然違う訳がスタンダードになって教科書に載っているなんてこともあるわけですよ。

だいたい東大派閥やら京大派閥やらで意見が割れるんですよね。
門下生が神にも等しい教授に反論しようものなら、それはもう血で血を洗う骨肉の争いになります。

ところで本題です。

今回はこちらの方の記事を引用したいです。

《「不亦楽乎(また楽しからずや)」が指し示す楽しいこととは?》

では、「自遠方来」‐「遠いところからもやって来る」という言葉にピッタリとしそうな「有朋」の訳はどれでしょう。先ほど述べた「朋ができる」、「朋が集まってくる」、「朋があらわれる」、「朋をもつ」、「朋がでてくる」という言葉とつなげると、次のようになります。

1.「(近くだけではなく)遠いところからもやって来る朋ができる」

2.「(近くだけではなく)遠くからもやって来る朋が集まってくる」

3.「(近くだけではなく)遠くからもやって来る朋があらわれる」

4.「(近くだけではなく)遠くからもやって来る朋をもつ」
上記の中で2番目だけは文脈が不自然ではあるものの、「朋ができる」、「朋があらわれる」、「朋を持つ」、すなわち、「同門の仲間である“朋”を得ることができる」ということが語られているのであり、それを「不亦楽乎(また楽しからずや)」と称賛しているのです。

ですから、「不亦楽乎(また楽しからずや)」という言葉が指し示す楽しいこととは、“朋”を有すること、つまり“朋”を得ることなのですね。

そして、有朋自遠方来、不亦楽乎の書き下し文と現代語訳にすると、

遠方よりも(自ら)来たる朋を有(う)る、亦た楽しからずや。
遠くからも(人が)やってきて朋となる、これもまた悦(よろこ)ばしいことではないか
・・・・・・という具合になるのでしょう。

一方で、「朋有り遠方より来る」という言葉は、故事成語として既に辞書にも載っています。

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意味

三省堂ワードワイズ・ウェブから引用します。

同じ学問に志す人間は、どこからでも集まって、学び合う。同窓・同門のこともいう。

…微妙にニュアンスが違うような気もしますが、三省堂の辞書にはこのように載っているみたいなので、今回は上記の方の意見も念頭に置きつつ、辞書の意味も覚えておくことにしましょう。

由来

出典は『論語』の学而から。
三省堂ワードワイズ・ウェブから原文と訳文を引用します。

原文
子曰、学而時習レ之、不二亦説一乎。有レ朋自二遠方一来、不二亦楽一乎。人不レ知而不レ慍、不二亦君子一乎。〔子(し)曰(いわ)く、学びて時にこれを習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有(あ)り遠方より来(きた)る、亦た楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦た君子ならずや。〕

訳文
孔子(こうし)が言われた。「師の教えてくれたことを学び、いつも繰り返して自分の身につける。なんと喜ばしいことだろう。同じ志をもつ友達が遠くからでもやってきて一緒に学ぶ。なんと楽しいことだろう。たとえこうした生き方を他人がわかってくれなくても、気にかけたりはしない。それこそ君子といえるのではあるまいか。」

ちょっと考えてみる

同じ学問を志す人間が遠くからやってきて朋になるって、広大な中国の大陸を想像しますよね。
僕は余華作の『兄弟』や芥川賞を受賞した楊逸の『時が滲む朝』なんかを思い浮かべました。

濫読なので評判になった本や勧められた本はなんだって読むのです。
いずれも高校生の時に読んだ気がします。

そんな僕ですが、大学は東京都内に進学しました。
日本文学を学ぶためです。

まさに「朋有り遠方より来る」を想像して進学したのですが、僕はがっかりしたんですね。

文学部にすら、読書家ってそれほど多くないんですよ。

そりゃ三島由紀夫を信仰してますとか太宰治しか読みませんみたいな変態だって中にはいるんですよ。
いるとしても、一人の文豪に傾倒する偏執狂ばかりなんですよ。

僕みたいな濫読派は教授くらいなもので、逆に教授クラスになると僕の方がついていけないんですね。

結局、どこで「朋有り遠方より来る」が成ったのかといえば、インターネットだったんです。

今はいい時代ですよ。

「朋有り遠方より来る」が家にいながら成立するんです。
こんな時代が来るなんて論語の時代には想像の余地すらなかったでしょう。

僕らですら、ネットでコミュニティに辿り着いて居場所を見つけた時には喜ぶのに、中国の広大な大陸で足を動かしてようやく辿り着いたその場所に、同志が集まっていたらどうでしょう。

いったい何年越しの大願なのか。
「朋有り遠方より来る」の裏からはそんな感情が読み取れますね。

ぜひ覚えておきたい故事成語です。

サムネイルの出典http://sanpozuki.cocolog-nifty.com